米山隆一郎書評集

読書記録を楽しむ

第78話 エロスとポリス「RIKO―女神(ヴィーナス)の永遠」柴田よしき(角川文庫)

4⭐️⭐️⭐️⭐️

1995年初版。第15回横溝正史賞受賞作品

RIKOシリーズ三部作の第一作。30年前の作者のデビュー作だが、今なお読み応えがある。

男性優位の警察組織で、放埓だけれども、芯を通して生きる女性刑事・村上緑子(リコ)。彼女のチームは新宿のビデオ店から1本の裏ビデオを押収。そこには男が男を犯すという残虐な輪姦シーンが。やがてビデオの被害者が殺されていく。真相に迫る中、少しずつ明るみになることに驚愕を隠せない。

警察推理小説の部分は事件が複雑で、更に主人公緑子の奔放な恋愛・性愛を織り交ぜて1つのストーリーに組み立てている。

デビュー作にして作者の才能や力量が惜しみなく発揮されている作品と言える。話の展開は、ジェットコースターに乗ったように冒頭部分はゆっくりだが、途中で高速になりそのまま読了となった。

読了後に作者は女性ということを知って合点したのは、女性ならではの恋愛・性愛の描き方をしているという点だ。性愛小説や恋愛小説という面でも成功している。

RIKO ─女神の永遠─ 「RIKO」シリーズ (角川文庫)

 

第77話 ほぼ完璧な日本語という言語「日本語 新版(下)金田一春彦(岩波新書)」

5⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

1988年初版。
上巻は、世界の中の日本語、発音、語彙。

下巻は、日本語の漢字について、日本語文法、日本語のこれから、の三つからなり主に日本語文法を扱っている。

文法は日本語の文法と外国語の文法を比較することで日本語文法の特徴を浮き彫りにし、世界でも日本語が十分立派な言語であるということを示している。

日本語のこれからについては、35年前の予想なので当たっている所当たっていない所があるが、35年前の予想よりも言語環境が遥かに進化している。

日本語自体は多少変わったが微々たるもの。35年前と比べて感覚として日本語の98%は変わっていない気がする。新語が出てきては淘汰されている。

最近目にするのは英語の頭字語(acronym)で略語(abbreviation)を作るということで、例えばJAXAJapan Aerospace Exploration Agencyの略称で、日本語の正式名称は「宇宙航空研究開発機構」のことなのだが、このままJAXAで表記している。この英語の略語表記が急に増えた気がする。一方、日本国憲法などは古く分かりにくい日本語のままである。

日本語 新版 下 (岩波新書 新赤版 3)

第76話 あの1行の前後をどう実写化?!日本版そして誰もいなくなった!「十角館の殺人」綾辻行人(講談社文庫)

4⭐️⭐️⭐️⭐️

1987年初版のベストセラー本格推理小説

丁度最近たまたま実写化されるのを知った。2024年3月22日に配信されるようである。この推理小説を実写化するのは難しそうだ。事件の謎が解明するある1行があって、それを読む前と後との内容を表現するのは、本ではできても映像ではとても難しいのがわかる。これは叙述トリックが使われているためで、先入観を利用したり誤読に導いたりすることで読者を欺く手法だ。

孤島の十角館に大学のミステリーサークルのメンバーが滞在中、連続殺人事件は起こる。以前にもその島で別の殺人事件が起きた。孤島に行かなかった同じサークルメンバーで以前の殺人事件の謎を探る内に、孤島では殺人事件が起き続けている。

アガサ・クリスティーそして誰もいなくなった」は有名な推理小説であり、これを意識して作品を作ったはずである。謎解きとしてとても面白いしストーリーも楽しめる。

十角館の殺人〈新装改訂版〉 「館」シリーズ (講談社文庫)

第75話 芝居の魅力と仇討ちの忠義を描く時代小説ミステリー「木挽町のあだ討ち」永井紗耶子(新潮社)

5⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

2023年出版。第169回直木賞山本周五郎賞W受賞作品。

江戸木挽町にある芝居小屋森田座にて「あだ討ち」があった。芝居小屋で働く者の回想を基にした語りを聞く内に、各章わかりやすい文章で丁寧に「あだ討ち」の様子が語られていくが、最後の章で伏線を回収しながら「あだ討ち」の真実が分かるという時代小説ミステリーになっている。

作者は江戸時代に詳しい上に時代小説を知り尽くしている。巧く正確な表現で、描かれたストーリーも面白い。現代にも通じる普遍的な登場人物の考え方も期待を裏切らない。心地良い人情の機微に触れられて読後感が爽やかだ。

江戸時代、芝居小屋は悪所と言われていて下賤な所ではあったが、現在のように人々には人気があった。「あだ討ち」は武家社会の忠義によるものであり、社会的理不尽の噴出がきっかけで起こる。そういう理不尽に対して作者は批判的である。

現代社会にも通じる格差社会の江戸時代を扱いながら、ミステリーになっている所がこの作品の大きな特徴だ。面白い、傑作だ。

 

第74話 会話が面白すぎる優れた文学作品「君の膵臓をたべたい」住野よる(双葉社)

5⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

2016年年間ベストセラー第1位。青春恋愛小説。

同じ高校のクラスメイト同士であり図書委員でもある僕と山内桜良の非常に面白くしばしば笑ってしまう会話のやり取りを中心に端正に文学的に表現していて読んでいて心地よい。

単行本で280ページ中の80ページ位読んだ辺りまでで後世に残る名作になると思った。

この作品の中では個人の過去の選択が現在の自分を作っているという考えをとっている。また主人公の僕が孤立していることとは対照的に、桜良が人とのつながりの中で生きていることを描いていて、結局僕は人々の間で生きることの大切さに気付く。繰り返して書くが、何といっても僕と桜良のテンポのいいやりとりは秀逸で、地の文も素晴らしいし面白い。

膵臓という言葉がタイトルに入ることと冒頭辺りからの流れで大方の読者は桜良がどうなるかはわかるので、結末がどのようになるかを早く知りたいと待ち望んで読むことになり、結局最後まで一気に読んでしまうことになるだろう。

 

 

第73話 日々勝つために「最高の戦略教科書 孫子」守屋淳(日本経済新聞社)

5⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

初版2014年。

孫子」と聞いて古いと思う人もいるかもしれないが、この本は訳と解説の良さによって現実の様々な局面を想定して書かれているので、現在でも役立つとてもいい本である。生活・ビジネスにも応用できる。

読み込むと勝率が一気に上がる。「彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず」が孫子の教えの中で一番人気があり有名で、奥が深い。

もちろん他にも多くの言葉が書かれていて、それらの訳や解説を読んでいると、三次元的に頭の中でヒト・モノ・コトが動き出し、面白い本である。

名著であり、何度も読みたくなる。帯にある言葉通り、「もっと早く読んでおけば良かった」である。

 

 

第72話 お笑い芸人の人生と目を見張るオチ 「火花」又吉直樹(文藝春秋)

4⭐️⭐️⭐️⭐️

お笑い芸人又吉直樹による第153回芥川賞受賞作品。

主人公のお笑い芸人徳永と彼が尊敬する先輩芸人神谷とのお笑いに捧げた人生とそのやりとりが文学作品に落とし込められている。

時々クスっと笑ってしまう徳永と神谷のやりとり、お笑い芸人というのは日常的に笑いで人生を豊かにしようという気持ちが常に働いているのが伝わる。

芸人の世界も競争社会。面白い芸人が人気を博し、売れて行く。

漫才は言葉が武器だ。漫才ブームの時のお笑いは爆笑を引き起こしたが、現代の爆笑が少ないと言われる世代のお笑いはどういうものなのか。果たして文学とお笑いは融合できるのか。

単調な展開だったが、起承転結の結であるオチが秀逸に感じたので、良かったと思う。芥川賞の女性選評委員はオチがこうだからダメと言っていたが、男性読者は楽しいと思うオチである。