米山隆一郎書評集

読書記録を楽しむ

第69話 描写もストーリーも緻密で面白い 「本物の読書家」乗代雄介(講談社文庫)

4⭐️⭐️⭐️⭐️

本書は、2015年にデビューした新鋭による2冊目の書物である。2018年本作「本物の読書家」で野間文芸新人賞受賞。2019年、2021年芥川賞候補。

表題作「本物の読書家」では、語り手の「わたし」が、独り身の大叔父を茨城県の高萩にある老人ホームに入居させるため、上野から電車で同行する。車中で二人はあやしげな大阪弁の男と出会う。この男が開陳する文学関連のマニアックな知識に反応する読書家の「わたし」と大叔父。やがて大叔父の口から、信じがたい秘密が告げられる。 

川端康成の名作「片腕」を本当に書いたのは自分だ、という大叔父の主張を、小説外の事実として認める読者はいないだろう。文豪川端康成の伝説から実際に起こり得そうな設定で、川端作品「片腕」の虚構性と作品制作上の伝説と作者乗代雄介のこの小説「本物の読書家」の虚構が混ざって少し複雑な構造になっている。
大阪弁の男が冒頭から千原ジュニアが話しているような錯覚に陥る。文学があり、文学知識があり、お笑いがありで楽しい。

後半の作品「未熟な同感者」も文学論を戦わせる。しかしながら、作家のサリンジャーを中心に展開される文学論がわかりづらい。中心となる文学論と並行してサブストーリーとして大学三年生のゼミでの人間模様が描かれる。主人公の阿佐美、超美人の間村季那、男の野津田慎吾、野津田のことが好きな道中あかり、変態かもしれないと描かれるゼミの准教授が登場する。主人公が女性だと判明した瞬間意表を突かれた。また間村のビンタの描写も圧巻。

小説のジャンルではエンタメ小説ではなく純文学になるけれども、純文学ではこういう楽しみ方があるよということを示してくれる本作品は貴重だと思う。有名な文豪の引用が出てくる本書は本好きな人には好まれるのではないか。乗代雄介の他の作品を読んでみたくなった。

 

 

第68話 この調子で生きていけばいいんじゃないの 「80歳の壁」和田秀樹(幻冬舎新書)

5⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

健康で長生きしたいのは多くの人が望むところ、我慢せずに欲するままに楽しいことをして生きていく。そうすれば健康で長生きができる。著者が考える健康哲学はこんな感じだ。

過去の悪い感情に囚われた時、忘れようとするよりも「ほかのことに目を向ける」というのが正しい方法で、記憶を消そうとするのではなく、新しいことを上書きするとよい、目の前の楽しいことに意識を向ければ自然に嫌なことは忘れて行きます、と書かれていて目からウロコが落ちた。他にも、体をこまめに動かすことが大事で、「ああ面倒くさい」と思ったら、逆に動いてみる。自然の光を浴びることは良い。など大事なことが書いてある。

大方自分なりの健康方法は間違っていなかったと思うけれども、これから年齢を重ねると予期せぬこともあるだろうし、現在若かった時と比べて衰えを感じるようになったのでより快適に生活していければいいなとも思う。著者の文章がわかりやすくて素晴らしい。

 



 

第67話 批評の切り口は一つで 「批評理論入門 『フランケンシュタイン』解剖学講義」廣野由美子(中公新書)

4⭐️⭐️⭐️⭐️

前半が小説の書き方、後半が文学作品の批評理論について書かれた本。

批評や書評にはしっかり書き方があると知って、「批評の教室」北村紗衣(ちくま新書)を以前読んで大いに勉強し、そしてその本に批評理論について書かれていると紹介されていたのが本書。本書は小説「フランケンシュタイン」を題材に、小説の書き方と批評理論を説明して行くというコンセプトの本。「フランケンシュタイン」はこういうことに耐えうる様々な読み方ができる奥の深い怪物みたいな物語で、まさに怪物も出てくるし、ただよく言われるのは、怪物とフランケンシュタインを混同してしまいがちで、実際間違える。

批評理論というのは、いくつか切り口があるとしても、批評をするときには使う理論を一つに決めて批評していくのが普通で、あまり色々盛り込まない方がよいらしい(「批評の教室」より)。批評理論は様々だから批評するときは自分で使う理論を決める。理論に慣れる必要もあるし、様々使っていくうちに批評らしくなっていくだろう。

 

 

第66話 荒木村重のリーダーシップと黒田官兵衛の推理 「黒牢城」米澤穂信(角川書店)

4⭐️⭐️⭐️⭐️

第166回直木賞受賞、第12回山田風太郎賞受賞W受賞、4大ミステリランキング完全制覇、2022年本屋大賞ノミネート、ミステリ作品で定評のある米澤穂信による歴史ミステリ小説。絶対面白いでしょと読む。

本能寺の変より四年前、天正六年の冬。 織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。 動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の智将・黒田官兵衛に謎を解くよう求める4篇。

多少文語体が用いられているため、読み進めるのに遅くなりがちだが、内容はとても面白い。戦国時代特有の魅力と純粋な謎解きの面白さの融合した世界観。城主荒木村重はリーダーシップを発揮しなければならない一方で、事件解決に行き詰まると囚人の黒田官兵衛に相談を持ち掛けて解決を試みる4つのストーリーがどれも緻密につくられている。

 

 

第65話 恋愛の多様性 「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」江國香織(集英社文庫)

4⭐️⭐️⭐️⭐️

第15回山本周五郎賞受賞作品。

独立した10編の女性が主人公の恋愛短編小説で、それぞれ楽しめる。

各作品は好き嫌いが分かれるだろうが、江國香織の文章技術は素晴らしいと思わせる。余分な言葉を削って、必要最低限の言葉で、イメージを的確に結ばせる技術と、豊富な語彙力から適切な語彙による描写で、複雑なことも素晴らしい表現力で描写している。

10編の物語が様々な恋の形を描いていて恋も言うまでもなく多様なのだ。表題「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」はアメリカで見た看板だそうだが、恋愛にも当てはまると書いてある。恋愛するのに安全でも適切でもありませんということだろう。どの作品も面白く読み応えがある。

 

 

第64話 恋愛の箴言集 「肩ごしの恋人」唯川恵(集英社文庫)

3⭐️⭐️⭐️

欲しいものは欲しい、結婚3回目の女「るり子」。仕事も恋にものめりこめないクールな理屈屋「萌」。性格も考え方も正反対だけど二人は親友同士、幼なじみの27歳。この対照的な二人が恋と友情を通してそれぞれに模索する“幸せ”のかたちとは―。女の本音と日常をリアルに写して痛快、貪欲にひたむきに生きる姿が爽快。圧倒的な共感を集めた第126回(2001年下半期)直木賞受賞作。

米倉涼子高岡早紀の出演によるドラマも放送された。

この作品のタイトル「肩ごしの恋人」とは、「『恋愛』を正面に見据えた生き方より、自分が目指す目標に向かって突き進んで生きていく中で、気が付くと肩ごしに恋人が見える生き方の方が幸せになれる」という意味がこめられている。

アフォリズムが適度にちりばめられている。

アフォリズムが心地いい。講釈垂れず、女がどうだの結婚やらセックスがどうだのとさらっとした言い切り文句は、聞き入れても聞き入れなくてもどちらでも気が楽だ。自分くらい自分の人生のために行動しなければ、と改めて心に言い聞かせる。

 

 

第63話 恋愛を十分理解できる 「恋愛中毒」山本文緒(角川文庫)

4⭐️⭐️⭐️⭐️

恋愛小説を比較して色々な恋の形を知れればと思い、恋愛小説をまとめて読もうと思ってまず初めに手に取って読んだのがこの「恋愛中毒」。裏表紙には恋愛小説の最高傑作と書いてある。山本文緒氏はこの作品で第20回吉川英治文学新人賞受賞の後、「プラナリア」で直木賞受賞するも2021年に死去。

芸能活動もする作家の創路功二郎とファンである主人公水無月美月の恋愛の話と思いきや、最終章の描写で物語の色合いが大きく変わる、オチのあるミステリ仕立ての恋愛小説。

この物語は主人公水無月の視点から、妻もいて水無月以外に愛人を数人抱えているモテる男である創路との恋愛を中心に描かれている。男性読者からは創路がどうしてモテるのかが気になる所だと思うけれども、創路がモテる理由はありきたりでお金を稼げるから。創路はお金が稼げてテレビに出るほどの有名人であり、水無月は彼のファンである。

恋の形を知ろうと思ってこの「恋愛中毒」から何かしら参考にしようと主人公水無月をよく観察しながらこの作品を読んでみた結果、恋愛を十分理解できたような気分になった。水無月という女性は男性目線から好感を持てたし、身近な存在として読み取れた。等身大の水無月という女性を十分理解できる描写に満ちていて、彼女を通して恋愛気分にさせて貰える物語である。物語は最後の最後に水無月のことがわかるけれども、それはそれで物語を面白くするスパイスになっている。

山本文緒ストーリーテラーと呼ぶにふさわしく、文章が巧みである。本作品を読んでいると、グイグイ引き込まれる。