米山隆一郎書評集

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第55話 人体実験と倫理「海と毒薬」遠藤周作(新潮文庫)

4⭐️⭐️⭐️⭐️

初版1957年の作品。太平洋戦争中に、捕虜となった米兵が日本の九州大学病院で臨床実験の被験者として使用された事件を題材とした罪悪感を問う小説である。

この作品の中で
「平凡な倖せを楽しめばいい。何もないこと、何も起らないこと。平凡であることが人間にとって一番、幸福なのだ。平凡が一番幸福なのだ。」
という部分で、平凡であることが本当に幸せなのかと考えてしまう。もっと条件が良い方向へと目指すのが人という存在である。この言葉は足るを知るという言葉に通じていて、昔の一億総中流社会というのを思い出す。欲を抑えてということだろうか。
現状格差が広がったというのは平凡では人は満足しない証拠。平凡が経済的なことだけを示す訳ではないが、それでもやはり平凡では面白くないと思ってしまう。

印象に残った表現として
「死体が眼を大きく開いているのは手術中、苦しんだ証拠である。」
手術で苦しんで死ぬというのは永遠に苦しんでいくようで恐ろしく思った。

人体実験の罪の意識は医者によって差があることが描かれているが、根が深い問題だと思った。罪悪感を持つのは取越し苦労であることが多い。日本人は他者の視線を強く意識して畏れる文化だと思うが、やはり取越し苦労を背負うことはない。

新装版 海と毒薬 (講談社文庫)

新装版 海と毒薬 (講談社文庫)

  • 作者:遠藤 周作
  • 発売日: 2011/04/15
  • メディア: 文庫