米山隆一郎書評集

読書記録を楽しむ

第50話 辞書編纂に携わる人間模様「舟を編む」三浦しをん(光文社)

4⭐️⭐️⭐️⭐️

2012年本屋大賞第一位。

辞書・仕事・恋愛・エンターテインメントと大きなテーマがバランスよく書かれた小説です。国語辞書を編纂するということや、会社で働くとはどんなことをするのかということが、これから仕事をする人には参考になります。具体的な辞書編纂の仕事事情も興味深く、辞書が好きな人は楽しめます。恋愛模様も随所に散りばめられていて総じて楽しめます。そして全体的にはエンターテイメント性もあるのですが、静的な感じで物語が進んでいきアップダウンは大きくなく落ち着いているので、安心して読めます。

あらすじ(引用を含めて)
出版社「玄武書房」の辞書編集部は中型国語辞典「大渡海」の編纂を企画する。

五章からなり、それぞれの章は同じ部署で働く各人の視点から書かれている。

辞書編纂に携わる人物は、元学者で辞書に人生を賭ける老年の松本先生、ベテランの荒木、辞書編纂の才能を見抜かれて抜擢される主人公で少し変わり者の馬締(まじめ)、同僚の西岡、西岡の転属の後釜に配属された女性の岸辺。事務の中年女性の佐々木。
それから馬締の住むアパートの管理人タケさんの孫で日本料理屋で働く香具矢。馬締と香具矢との恋の行方。
13年の歳月を費やして「大渡海」の完成は成るのか。

一、
荒木が辞書の存在を意識したのは『岩波国語辞典』を叔父から貰ったのが最初で、この書物に夢中になる。

荒木の両親は「他人さまに迷惑をかけず、元気でやっているならそれでいい」という教育方針。
大学に進学するも学者の素質はないと分かったが、辞書作りはしたいと思う。

松本先生は「言海」が最初に携わった仕事。

すまじきものは宮仕(宮中・貴人につかえることは気苦労が多いから、できることなら、やりたくないものだ。現代では、官庁・会社勤めなどについていう。)

新しい辞書を完成させるよりも辞書を愛する人間を見つけること。

広辞苑」と「大辞林

営業部の馬締という院卒の27歳を「大渡海」という辞書作りに加えたいと荒木は考える。

荒木の定年まで、あと2か月

なぜ「大渡海」か
荒木「辞書は言葉の海を渡る舟だ」
「もっともふさわしい言葉で、正確に、思いを誰かに届けるために。」
「海を渡るにふさわしい舟を編む

ニ、
馬締はこれまでずっと、「変わったやつ」という立ち位置だった。学生生活においても会社員生活においても、どこか遠巻きにされていた。たまに好奇心と好意から話しかけてくれるひとがいても、馬締の受け答えがあまりにトンチンカンなためか、薄笑いを浮かべてすぐに去っていってしまう。馬締本人は真面目に、心を開いて応対しているつもりなのだが、どうもうまくいかない。

読書のおかげか、馬締の成績はぐんぐん上がった。心を伝達する手段である「言葉」に興味を抱き、大学では言語学を専攻した。

「よっぽどはっきりわかっているもの以外、辞書では語源に踏み込むのは避けたほうがいい。言葉を使う人のあいだで、いつからとも知れず生まれてくるものだからだ。」

恋愛は「頼ったり頼られたりすればいいと思うよ。」

夏目漱石のこころと同じように西岡と馬締と香具矢を三角関係に放り込もうと、松本先生は企む。

「実際に三角関係に陥らなければ、その苦しみも悩みも十全に自分のものとはなりません。自分のものになっていない言葉を、正しく解釈はできない。辞書づくりに取り組むものにとって大切なのは、実践と思考の飽くなき繰り返しです」

ひとつの言葉を定義し、説明するには、必ずべつの言葉を用いなければならない。

三、
わかりやすい見た目のよさや、貯金額や、社会生活において要求される性格のよさは、選別に際してはほぼ関係ない。女が重視するのは、「自分を一番に大事にしてくれるか否か」だと、西岡は数々の経験からあたりをつけていた。

「誠実」の内実が、「私に対して決して嘘をつかず、私にだけ優しくしてくれる。」ことを指していたりする。

四、
「国語辞典で、
日本語は、単語の頭に来る音が「あ行」か「か行」か「さ行」であることが、とても多いんです。」

「「や行」「ら行」「わ行」あたりは費やしているページが少ないでしょう。これは、和語が少ないからです。」

「記憶とは言葉なのだそうです。」

「なにかを生みだすためには、言葉がいる。」

五、
「どんなに少しずつでも進みつづければ、いつかは光が見える。」

舟を編む (光文社文庫)

舟を編む (光文社文庫)