米山隆一郎書評集

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第24話 足並みをそろえる社会「コンビニ人間」村田沙耶香(文藝春秋)

5⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

小谷野敦という評論家が、歴代の芥川賞受賞作の中でこの「コンビニ人間」が一番面白い作品と自身の歴代芥川賞作品の偏差値をつけた本で書いている。たまたま村田氏を映像で見たとき、変わった人であることは確かだという印象を受けた。また、新聞の俳句欄で、著者村田氏の作品の、段違いの出来栄え。どうやら彼女は自身の変わり具合を客観的に分析できているということがわかる。

下記引用、数字はページ数

6世界が目を覚まし、世の中の歯車が回転し始める時間。その歯車の一つになって廻り続けている自分。私は世界の部品になって、この「朝」という時間の中で回転し続けている。

20そのとき、私は、初めて世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。

22朝になれば、また私は店員になり、世界の歯車になれる。そのことだけが、私を正常な人間にしているのだった。

26今の「私」を形成しているのはほとんど私のそばにいる人たちだ。

26こうして伝染し合いながら、私たちは人間であることを保ち続けているのだと思う。

63何かを見下している人は、特に目の形が面白くなる。そこに反論に対する怯えや警戒、もしくは、反発してくるなら受けてたってやるぞという好戦的な光りが宿っている場合もあれば、無意識に見下しているときは、優越感の混ざった恍惚とした快楽でできた液体に目玉が浸り、膜が張っている場合もある。

64差別する人には私から見ると二種類あって、差別への衝撃や欲望を内部に持っている人と、どこかで聞いたことを受け売りして、何も考えずに差別用語を連発しているだけの人だ。白羽さんは後者のようだった。

66大体、縄文時代から女はそうなんだ。若くて可愛い村一番の娘は、力が強くて狩りが上手い男のものになっていく。強い遺伝子が残っていって、残り物は残り物同士で慰め合う道しか残されていない。

77正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでなき人間は処理されていく。
そうか、だから治らなくてはならないんだ。治らないと、正常な人達に削除されるんだ。

79店長は、使える、という言葉をよく使うので、自分が使えるか使えないか考えてしまう。使える道具になりたくて働いているのかもしれない。

82「皆が足並みを揃えていないと駄目なんだ。何で三十代半ばなのにバイトなのか。何で一回も恋愛をしたことがないのか。性行為の経験の有無まで平然と聞いてくる。『ああ、風俗は数に入れないでくださいね』なんてことまで、笑いながら言うんだ、あいつらは!誰にも迷惑かけていないのに、ただ、少数派だというだけで、皆が僕の人生を簡単に強姦する」

83「え、自分の人生に干渉してくる人たちを嫌っているのに、わざわざ、その人たちに文句を言われないために生き方を選択するんですか?」

85大きな獲物を捕ってくる、力の強い男に女が群がり、村一番の美女が嫁いでいく。狩りに参加しなかったり、参加しても力が弱くて役立たないような男は見下される。構図はまったく変わってないんだ」

88そうですよね、真っ向から世界と戦い、自由を獲得するために一生を捧げる方が、多分苦しみに対して誠実なのだと思います」

92その興奮した様子に、現代社会の皮を被っていても今は縄文だというのも、あながち的外れではないような気がしてきた。
そうか、もうとっくにマニュアルはあったんだ。皆の頭の中にこびりついているから、わざわざ書面化する必要がないと思われているだけで、「普通の人間」というものの定型は、縄文時代から変わらずずっとあったのだと、今更私は思った。

115「普通の人間っていうのはね、普通じゃない人間を裁判するのが趣味なんですよ。

124叱るのは、「こちら側」の人間だと思っているからなんだ。だから何も問題は起きていないのに「あちら側」にいる姉より、問題だらけでも「こちら側」に姉がいるほうが、妹はずっと嬉しいのだ。そのほうがずっと妹にとって理解可能な、正常な世界なのだ。

128「ある意味お似合いって感じですけど……あの、赤の他人の私がいうのもなんですけど、就職か結婚、どちらかしたほうがいいですよ、これ本気で。というか、両方したほうがいいですよ。いつか餓死しますよ、いいかげんな生き方に甘えてると」

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)